大人になったね、ダルビッシュさん
昨日のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)日本対韓国に先発登板したダルビッシュ有投手。あまりよい成績ではなかったが、日本チーム登録選手の最年長36歳。後輩たちに技術、メンタル面で適切なアドバイスする「ダルビッシュ塾」が高い評価を受けている。2005年の北海道に日本ハム入団当初から見守っていたぼくとしてもその成長ぶりがとてもうれしいし、僕も心からリスペクトしている。

▲3月11日北海道新聞朝刊
実物のダルビッシュ有さんに1度だけ、至近距離で話したことがある。
2006年11月か12月、北海道日ハムの納会が札幌グランドホテルで開かれた。その年、トレイ・ヒルマン監督率いる日ハムはリーグ優勝、日本シリーズ優勝を果たす全盛期。日本同球団のスポンサー企業の一つだった北海道新聞の取締役事業局長だった僕にも招待状がきたので出席したら、小笠原道大選手(翌年読売に移籍)ら有名無名選手らに交じって、高卒入団2年目のレギュラーシーズンで12勝を挙げる大活躍のダルビッシュ有投手の姿もあった。
1メートル90を超す長身痩躯に飛び切りのイケメンが、一人ぽつねんとテーブルの前に立って何かを食っている。誰が見てもダルビッシュ君だとすぐわかるから、近づいてあいさつした。自分の所属などを伝えたあと、「ダルビッシュさんは大阪の羽曳野(はびきの)出身ですね。ぼくも大阪出身で、羽曳野のとなりの藤井寺に住んでいたことがあるんですよ。へたくそだけど高校で3年間野球してました」。問わず語りに言ってみたが、ちらっとこちらを見ただけで、あとはあいまいな相槌を打つだけで、食べ続ける。ひとこと「ああ、そうですか」しかぼくは憶えていない。
取り付く島がないので、すぐに立ち去った。しばらく、球団の顔見知りの職員と談笑。近くにⅹ投手コーチがいた。ちょっとした野球談議をしたついでに、「ダルビッシュ君って、性格はどんなですか」と聞いてみた。初対面だが、北海道出身で、現役時もコーチとしても実績のあるその人はニヤ二ヤしながら、「あいつはワルですよ」と一言だけ。
その言葉を聞いて、高校卒業式直前、すでに春の練習に加わっていた2,005年年春、煙草を吸いながらパチンコをしているところを写真週刊誌に撮られ、球団から謹慎処分を受けたことを思い出した。
長々と書いたが、ダルビッシュさんとの出会いはたったそれだけ。当時まだ未成年。その後の16年、野球人として想像以上の彼の成長ぶりをメディアを通じて喜ばしく見守っている。人間的にも大いに成長したこともよくわかる。
いつかメジャーリーグの野球の殿堂入りするのを楽しみにしています。

▲3月11日北海道新聞朝刊
実物のダルビッシュ有さんに1度だけ、至近距離で話したことがある。
2006年11月か12月、北海道日ハムの納会が札幌グランドホテルで開かれた。その年、トレイ・ヒルマン監督率いる日ハムはリーグ優勝、日本シリーズ優勝を果たす全盛期。日本同球団のスポンサー企業の一つだった北海道新聞の取締役事業局長だった僕にも招待状がきたので出席したら、小笠原道大選手(翌年読売に移籍)ら有名無名選手らに交じって、高卒入団2年目のレギュラーシーズンで12勝を挙げる大活躍のダルビッシュ有投手の姿もあった。
1メートル90を超す長身痩躯に飛び切りのイケメンが、一人ぽつねんとテーブルの前に立って何かを食っている。誰が見てもダルビッシュ君だとすぐわかるから、近づいてあいさつした。自分の所属などを伝えたあと、「ダルビッシュさんは大阪の羽曳野(はびきの)出身ですね。ぼくも大阪出身で、羽曳野のとなりの藤井寺に住んでいたことがあるんですよ。へたくそだけど高校で3年間野球してました」。問わず語りに言ってみたが、ちらっとこちらを見ただけで、あとはあいまいな相槌を打つだけで、食べ続ける。ひとこと「ああ、そうですか」しかぼくは憶えていない。
取り付く島がないので、すぐに立ち去った。しばらく、球団の顔見知りの職員と談笑。近くにⅹ投手コーチがいた。ちょっとした野球談議をしたついでに、「ダルビッシュ君って、性格はどんなですか」と聞いてみた。初対面だが、北海道出身で、現役時もコーチとしても実績のあるその人はニヤ二ヤしながら、「あいつはワルですよ」と一言だけ。
その言葉を聞いて、高校卒業式直前、すでに春の練習に加わっていた2,005年年春、煙草を吸いながらパチンコをしているところを写真週刊誌に撮られ、球団から謹慎処分を受けたことを思い出した。
長々と書いたが、ダルビッシュさんとの出会いはたったそれだけ。当時まだ未成年。その後の16年、野球人として想像以上の彼の成長ぶりをメディアを通じて喜ばしく見守っている。人間的にも大いに成長したこともよくわかる。
いつかメジャーリーグの野球の殿堂入りするのを楽しみにしています。
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