厳粛な腐臭

9月29、30日の2日間、上川山地からオホーツクに注ぐ渚滑川でフライフィッシングを楽しんだ。お目当てのニジマスは惜しいところで大物を逸し、公式記録的には一匹もネットに収めることはできなかったことになる。その代わり、荘厳な自然の摂理を目の当たりにすることができたのは収穫だった。

画像
産卵のため故郷の川に戻ってきたカラフトマスがゆったり漂う=9月29日、渚滑川

 大雄橋、鎮(しずめ)橋はキャッチ&リリースのメッカ渚滑川でも、フライフィッシャーたちの共通のポイント。私たちもそこに行ってみると、いつもとは空気が違う。
画像
白っぽい死斑が全身を覆い、尾びれもから傘になってしまった。それでも口をパクリ、パクリと動かす姿は荘厳でさえある

 明らかに動物の腐臭が河原に充満いている。汀の大小の石の上には5、60センチから80センチぐらいはあろうかというサケ・マス類の無数の死骸が散乱しており、そこから発する臭いだ。大半は背中がおおきくせりあがったカラフトマスだが、サクラマス、白サケのもある。

 渚滑川に生まれ、川を下ってオホーツクの豊穣の海で成長して再び、故郷の川に戻ってきた者たち。いま世代を引き継ぐ役目を終えてすでに息絶えたばかりの姿だ。
画像
2匹並んで横たわる。産卵をともにしたカップルなのか、と思ってしまう

 北海道に住む人間は、この死に絶えた、あるいは死直前の無残な姿を「ほっちゃれ」と呼ぶ。人間のほっちゃれはどうか知らぬが、サケ・マスのほっちゃれは死んでも、ほかの魚類、鳥類、昆虫の餌となり、役立っている。自然の輪廻(システムに組み込まれた厳粛な姿だ。

画像
秋色濃い渚滑川=14線橋下流
画像
渚滑の清流に浮ぶ大岩に座り、セルフタイマーで撮りました=14線橋下流


 水打ち際には死骸同然、全身白く爛れ、尾ひれまで溶けた体を水面ひたひたに横たえ、なおもパクリ、パクリと口を動かす姿もあった。その一尾にしばし見入った。「俺はまだ生きてるぜ」と眼が語っている。

 激しい流れの川はまさにサケ・マスだらけだ。これから産卵に入ろうというカップル。あるいはまた、無念にもカップルが成立せず、生涯独り身のまま全身に死への表徴、白いまだ模様をつくりながらもなお、上流に頭を定位しているたくさんのオスたちの姿が透明の清流の中にに見て取れる。

 当方手持ちの渡渉杖で、軽く頭を叩いても逃げようとしない、老体もある。

 ニジマスのポイントを追って川の中を歩くキタの足元から、バシャバシャと白い魚体が翻る。これじゃあ、釣りにならんなあ。

 鎮橋の下流ではカラフトマスを釣ってしまった。もちろんこれは禁漁。流れ切ったライン(餌釣りでいう道糸)を引き上げようとしたら、重くて上がらない、どうしたのかと思ったらカラフトマスが釣れていた。

 釣れたのではなく、えらに、フライ(疑似餌)が引っ掛かってしまったのだ。まだ少ししか死斑は出ていない、死前数時間だから、バシャバシャと暴れて針外しに手間取ってしまった。体長50センチほど。これがニジならどんなにうれしいことか。

 

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック